水素原子のシュレーディンガー方程式とスピン

小出昭一郎, 量子力学(I)p89 §4「中心力場内の粒子」、p219 §8「電子のスピン」について備忘録。いつものごとく式番号はこの参考書と同じ。細かい点は飛ばすのでこの参考書を見ながら読んでほしい。

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水素原子(イメージ)

水素原子のシュレーディンガー方程式の解とスピンについてはこの後の章でも度々使う。とくに球面調和関数と角運動量演算子の性質や、それと同じ性質を持ったスピン角運動量の性質は超頻出で、特に次の巻の量子力学(II)§10の「原子と角運動量」で原子の電子配置の性質の基礎とになる。つまりこの2つの章は超重要で、今後何度も読み返すことになるのでここにまとめておく。

極座標で表したシュレーディンガー方程式

極座標系 Ⓒ Andeggs 2012

ポテンシャルが r のみの関数(中心力場)で、定常状態の場合のシュレーディンガー方程式は、

\left[ -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2+V(r)\right]\varphi(\pmb{r})=\varepsilon\varphi(\pmb{r})\tag{1}

となる。ラプラシアン \nabla^2 は、球面極座標 (r,\theta,\phi) では

\nabla^2=\frac{\partial^2}{\partial r^2}+\frac{2}{r}\frac{\partial}{\partial r}+\frac{1}{r^2}\Lambda\tag{5}

ただし、 \Lambda は、

\Lambda=\frac{1}{\sin\theta}\frac{\partial}{\partial \theta}\left(\sin\theta\frac{\partial}{\partial \theta}\right)+\frac{1}{\sin^2\theta}\frac{\partial^2}{\partial \phi^2}\tag{6}

である。式(1)の中心力場のシュレーディンガー方程式を解くためには、

\varphi(r.\theta,\phi)=R(r)Y(\theta,\phi)

と変数分離すると良いことが分かっている。そうすると、シュレーディンガー方程式から、

-\frac{\hbar^2}{2m}\left(\frac{\partial^2}{\partial r^2}+\frac{2}{r}\frac{\partial}{\partial r}-\frac{\lambda}{r^2}\right)R+V(r)R=\varepsilon R\tag{11}
\Lambda Y(\theta,\phi)+\lambda Y(\theta,\phi)=0\tag{12}

と二つの微分方程式が得られる。

球関数と角運動量

式(12)の固有値

\lambda=l(l+1)\hspace{20pt}l=0,1,2,\cdots

で各 l に対応する固有関数は球面調和関数と呼ばれ、ルジャンドル多項式ルジャンドル陪関数を用いて表せる。それらを

Y^m_l(\theta,\phi)\hspace{20pt}m=-l,-l+1,\cdots,-1,0,1,\cdots,l-1,l

と表すと、

\begin{array}{ccl}l=0:&s:&Y^0_0=\frac{1}{\sqrt{4\pi}}\\\\l=1:&p0:&Y^0_1=\sqrt{\frac{3}{4\pi}}\cos\theta\\&p\pm1:&Y^{\pm1}_1=\mp\sqrt{\frac{3}{8\pi}}\sin\theta \mathrm{e}^{\pm i\phi}\\\\l=2:&d0:&Y^0_2=\sqrt{\frac{5}{16\pi}}(3\cos^2\theta-1)\\&d\pm1:&Y^{\pm1}_2=\mp\sqrt{\frac{15}{8\pi}}\sin\theta\cos\theta \mathrm{e}^{\pm i\phi}\\&d\pm2:&Y^{\pm2}_2=\sqrt{\frac{15}{32\pi}}\sin^2\theta \mathrm{e}^{\pm 2i\phi}\end{array}

となる。これら球面調和関数の性質として、角運動量 \pmb{l} について、 \pmb{l}^2=-\hbar^2\Lambda より、角運動量の2乗、 \pmb{l}^2 固有値 \hbar^2l(l+1) でその固有関数は Y^m_l である。また、角運動量のz成分、 l_z 固有値 m\hbar で固有関数は同じく Y^m_l である。

l_x l_y で定義される

l_+=l_x+il_y\hspace{30pt}l_-=l_x-il_y

Y^m_l に作用させると、

\begin{aligned}l_+Y^m_l(\theta,\phi)=\hbar\sqrt{(l-m)(l+m+1)}Y^{m+1}_l(\theta,\phi)\\l_-Y^m_l(\theta,\phi)=\hbar\sqrt{(l+m)(l-m+1)}Y^{m-1}_l(\theta,\phi)\end{aligned}

m が上下する。また、 m=l m=-l の時、つまり Y^l_l Y^{-l}_l に作用させると

\begin{aligned}l_+Y^l_l=0\\l_-Y^{-l}_l=0\end{aligned}

中心力がクーロン力の時:水素原子

原子は中心力がクーロン力である。1電子の場合を考えるので、これは水素原子や \mathrm{He}^+ 原子を表す。原子核クーロン力場にある電子のポテンシャルは

V(r)=-\frac{Ze^2}{4\pi\epsilon_0r}

である。この V(r) を用いて式(11)を解く。ボーア半径を

a_0=\frac{4\pi\epsilon}{me^2}

と定義する。この時、ハミルトニアン固有値、つまりエネルギーは

\varepsilon_n=-\frac{Z^2me^4}{(4\pi\epsilon_0)^22\hbar^2}\frac{1}{n^2}\hspace{20pt}n=1,2,\cdots

n の値によってとびとびにとる。そして式(11)の固有関数は

\begin{aligned}R_{1s}(r)&=\left(\frac{Z}{a_0}\right)^{\frac{3}{2}}2\mathrm{e}^{-Zr/a_0}\\\\R_{2s}(r)&=\left(\frac{Z}{a_0}\right)^{\frac{3}{2}}\frac{1}{\sqrt{2}}\left(1-\frac{1}{2}\frac{Zr}{a_0}\right)\mathrm{e}^{-Zr/2a_0}\\R_{2p}(r)&=\left(\frac{Z}{a_0}\right)^{\frac{3}{2}}\frac{1}{2\sqrt{6}}\frac{Zr}{a_0}\mathrm{e}^{-Zr/2a_0}\\\\R_{3s}(r)&=\left(\frac{Z}{a_0}\right)^{\frac{3}{2}}\frac{2}{3\sqrt{3}}\left[ 1-\frac{2}{3}\frac{Zr}{a_0}+\frac{2}{27}\left(\frac{Zr}{a_0}\right)^2 \right]\mathrm{e}^{-Zr/3a_0}\\R_{3p}(r)&=\left(\frac{Z}{a_0}\right)^{\frac{3}{2}}\frac{8}{27\sqrt{6}}\frac{Zr}{a_0}\left(1-\frac{1}{6}\frac{Zr}{a_0}\right)\mathrm{e}^{-Zr/3a_0}\\\end{aligned}

となる。最終的にもとの式(1)中心力場のシュレーディンガー方程式のハミルトニアンの固有関数は Y_l^m(\theta,\phi)R(r) となる。

電子のスピン

電子は主量子数 n 、方位量子数 l 、磁気量子数 m で指定される状態の他に、スピンと呼ばれる2つの状態を取ることが分かっている。このスピンの状態で電子は2つの磁気モーメント、つまり角運動量を持っているとみなせる。スピンは相対論から導出できるもので、その詳細は立ち入らない。しかし、スピンは疑似的に角運動量とみなせるので、その角運動量 \pmb{s} を考えることができて、これは角運動量 \pmb{l} の類推でその固有値、固有関数の振舞いを特定できる。

\pmb{l}^2 固有値 \hbar^2l(l+1)
l_z 固有値 m_l\hbar m_l=-l,-l+1,\cdots,l

これと同様に、

\pmb{s}^2 固有値 \hbar^2s(s+1)
s_z 固有値 m_s\hbar m_s=-s,-s+1,\cdots,s

この時上の式で、一つの角運動量 \pmb{l} に対し、 m_l 2l+1 種類存在するので、
一つの角運動量 \pmb{l} に対し 2l+1 の状態が取れることになる。一方、スピンにより電子は2つの状態を取るので、一つのスピン角運動量に対し、 m_s が2種類ある。

\begin{aligned}2s+1&=2\\s&=\frac{1}{2}\end{aligned}

である。この s を使えば

m_s=\pm\frac{1}{2}

と2つの状態ができる。よって m_s=+\frac{1}{2} m_s=-\frac{1}{2} に対応する固有関数をそれぞれ、 \alpha \beta とすると

\begin{array}{cc}\pmb{s}^2\alpha=\frac{3}{4}\hbar\alpha&\pmb{s}^2\beta=\frac{3}{4}\hbar\beta\\\\s_z\alpha=\frac{1}{2}\hbar\alpha&s_z\beta=-\frac{1}{2}\hbar\beta\end{array}

となる。

角運動量とスピン角運動量についてまとめ

2つの角運動量について結果を表にまとめると、
角運動量 \pmb{l} について、

演算子 固有値 作用した結果
\pmb{l}^2 l(l+1)\hbar^2 \pmb{l}^2Y^m_l=l(l+1)\hbar^2Y^m_l
l_z m_l\hbar l_zY^m_l=m_l\hbar Y^m_l
l_+ なし l_+Y^m_l=\hbar\sqrt{(l-m)(l+m+1)}Y^{m+1}_l
l_- なし l_-Y^m_l=\hbar\sqrt{(l+m)(l-m+1)}Y^{m-1}_l

スピン角運動量 \pmb{s} について、

演算子 固有値 作用した結果
\pmb{s}^2 s(s+1)\hbar^2 \pmb{s}^2\alpha=\frac{3}{4}\hbar\alpha\quad\pmb{s}^2\beta=\frac{3}{4}\hbar\beta
s_z m_s\hbar s_z\alpha=\frac{1}{2}\hbar\alpha\quad s_z\beta=-\frac{1}{2}\hbar\beta
s_+ なし s_+\alpha=0\quad s_+\beta=\hbar\alpha
s_- なし s_-\alpha=\hbar\beta\quad s_-\beta=0